びっきこども基金運用リポート 2015

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福島県立いわき光洋高等学校吹奏楽部支援報告
ある日、事務局に保護者様から電話連絡を戴きました。
いわき光洋高等学校吹奏楽部の保護者様からの問い合わせでした、
吹奏楽部が東日本学校吹奏楽大会へ出場が決まり、予想外の事態で遠征費の不足で、支援要請のお話しでした。

9月29日に学校を訪問し、出場の為の募金活動・学校側の負担・助成金についてお話をさせて頂きました。
その日に、授業終了後に子どもたちともお会いし、お話しをさせて戴きました。

3年前に入学して間もない頃、対面式がありました、その対面式で私は衝撃を受けました。その時、2年生だった先輩が2人で部活動紹介していたのです。光洋高校があまり強くないということは知っていましたが、まさか廃部寸前のような状況だとは思いませんでした。

そのような部活だったので、私たちもコンクールで勝つという意識は全くなく、ただ楽器を吹きに音楽室に来る日々を送っていました。しかし、県大会初出場にして金賞、東北大会へそして、東日本学校吹奏楽大会へ出場を果たしました。

以下は、顧問の八代先生からのみやぎびっきの会へのお手紙です。
 一般社団法人みやぎびっきの会様

今回は福島県立いわき光洋高等学校吹奏楽部の東日本学校吹奏楽大会出場にあたり、多大なる御支援をいただき、感謝申し上げます。

私は本校が初任地で、3年目を迎えますが、吹奏楽部の快進撃には驚かされるばかりです。

もちろん今大会以前より、コンクールに向けた練習など厳しく指導しておりましたが、まさか、こんなに早く練習の成果が花開くとはおもいませんでした。それは、私だけでなく、学校側や保護者の方々も同様でした。

みやぎびっきの会様には、遠方より学校に足をお運び頂き、生徒と直にお会い下さった

みやぎびっきの会様、多大なる御支援いただきました、また全国の御支援の皆様には頭が下がる思いでいっぱいです。感謝申し上げます。

多くの方々に、様々な形で支えられ、今回、東日本吹奏楽大会を迎えることができます。

顧問として、気持ちよく生徒を北海道に連れて行くことができます。

最高の演奏をするためのサポートをすることですが、私の中では生徒の一人の人間としての成長を最優先に部活動に取り組ませたいと考えています。多くの方々の気持ちが形となって、私たちは出場できているということを生徒自身が感じ、将来、将来、喜びを持って、自分が誰かの支えになれるような人間に育てていきたいと思います。

ご支援に感謝申し上げます。
福島県立いわき光洋高等学校吹奏楽部

福島県立いわき光洋高等学校吹奏楽部

福島県立いわき光洋高等学校吹奏楽部

福島県立いわき光洋高等学校吹奏楽部

福島県立いわき光洋高等学校吹奏楽部

福島県立いわき光洋高等学校吹奏楽部

福島県立いわき光洋高等学校吹奏楽部

福島県立いわき光洋高等学校吹奏楽部

福島県立いわき光洋高等学校吹奏楽部
2015 第15回東日本学校吹奏楽大会
福島県立いわき光洋高等学校吹奏楽部は、初出場で銀賞を受賞いたしました。

「びっきこども基金」へご支援を頂きました、全国の皆様に感謝申し上げます。

2015年10月14日
事務局

東日本大震災復興支援チャリティーウォーク2015
2015年10月4日(日)
仙台空港から仙台港までの20Km
東日本大震災の復興が進んでいるとは言え、まだまだこれから。

未だ津波の傷跡が残る地域を中心に自らの足で20キロという距離を歩く事で、被災地の現況を「その足」で体感し、復興の息吹を「その目」で確かめ、更なる復興支援に向けての機運を高める一助にすることが目的です。

昨年に続き、みやぎびっきの会では実施の支援をさせて頂きました。

みやぎびっきの会からは、山寺宏一さんがスタート前・途中のチェックポイント・ゴールで参加者の皆様への応援を行ないました。
東日本大震災復興支援チャリティーウォーク2015

東日本大震災復興支援チャリティーウォーク2015

東日本大震災復興支援チャリティーウォーク2015

東日本大震災復興支援チャリティーウォーク2015
福島県双葉郡広野町のスポーツ少年団広野野球チームを仙台へご招待
平成27年9月19日(土)~9月22日(水)
 コボスタ宮城での楽天イーグルス試合観戦
 仙台の野球チームとの交流試合
福島県双葉郡広野町のスポーツ少年団広野野球チームを仙台へご招待
東日本大震災での東京電力福島第一原発事故により全町避難となり、2013年に全町避難が解除されました。

野球チーム広野は、5人から活動をスタートし、みやぎびっきの会として2014年夏に広野町を訪れ、子どもたちへの支援をスタート致しました。当初は、なんとか野球の出来る人数まで、子どもたちを増や事の施策からスタート。2015年には、14名の子どもたちがチームに参加するようになり、本格的な練習・対外試合を行えるまでになりました。
福島県双葉郡広野町のスポーツ少年団広野野球チームを仙台へご招待

福島県双葉郡広野町のスポーツ少年団広野野球チームを仙台へご招待

福島県双葉郡広野町のスポーツ少年団広野野球チームを仙台へご招待
みやぎびっきの会では、9月に東北楽天球団様と東京の太田不動産鑑定事務所様のご協力を頂き、9月19日楽天イーグルスの試合観戦にご招待と仙台のスポーツ少年団野球チームとの試合などの仙台合宿に子どもたち14名と保護様をご招待させて頂きました。

9月19日は、コボスタ宮城にて、楽天イーグルスの試合前の練習見学・選手との交流会も行なわれ、グランドでは、みやぎびっきの会メンバーと一緒に復興応援ソング「虹を架けよう~福島バージョン~」をフィールドで歌いました。
福島県双葉郡広野町のスポーツ少年団広野野球チームを仙台へご招待

福島県双葉郡広野町のスポーツ少年団広野野球チームを仙台へご招待
子どもたちは、おもいっきり練習に試合に仙台の野球少年と楽しい日々を過ごし、9月22日広野町へ戻っていきました。
福島県双葉郡広野町のスポーツ少年団広野野球チームを仙台へご招待

福島県双葉郡広野町のスポーツ少年団広野野球チームを仙台へご招待

福島県双葉郡広野町のスポーツ少年団広野野球チームを仙台へご招待

福島県双葉郡広野町のスポーツ少年団広野野球チームを仙台へご招待

福島県双葉郡広野町のスポーツ少年団広野野球チームを仙台へご招待

福島県双葉郡広野町のスポーツ少年団広野野球チームを仙台へご招待

福島県双葉郡広野町のスポーツ少年団広野野球チームを仙台へご招待
全国の皆様のご支援に感謝申し上げます。
福島県には、帰還困難地区がまだあります。
みやぎびっきの会は、子どもたちに寄り添い支援活動を続けて参ります。
七ヶ浜町アクアゆめクラブ様へアジャタバスケット・アジャタボールを寄贈
被災地七ヶ浜町の仮設住宅総合サポート業務を行い、スポーツでまちづくり・夢のあるひとづくり事業をおこなってるアクアゆめクラブ、被災地の子どもたちを中心にリクレーション活動を週に2回、スポーツ少年団の運営と仮設住宅のお年寄りの運動不足の解消を目的に、町内でスポーツ活動を行っております。
七ヶ浜町アクアゆめクラブ

七ヶ浜町アクアゆめクラブ

七ヶ浜町アクアゆめクラブ
この度、子どもたちのリクレーション用に玉入れセットを寄贈させて頂きました。
七ヶ浜町アクアゆめクラブ
陸前高田市立高田東中学校軟式野球部 遠征費の一部支援
第32回全日本少年軟式野球大会へ北東北代表として8月10日から横浜スタジアムで行なわれる「中学生の甲子園」と称される出場を決めました。
陸前高田市立高田東中学校軟式野球部

陸前高田市立高田東中学校軟式野球部

陸前高田市立高田東中学校軟式野球部

陸前高田市立高田東中学校軟式野球部

陸前高田市立高田東中学校軟式野球部

陸前高田市立高田東中学校軟式野球部

陸前高田市立高田東中学校軟式野球部

陸前高田市立高田東中学校軟式野球部

陸前高田市立高田東中学校軟式野球部

陸前高田市立高田東中学校軟式野球部
高田東中学校は、平成25年4月より広田中学校、小友中学校、米崎中学校の3校が統合して、「高田東中学校」として再出発いたしました。

陸前高田市は、住宅の高台移転を進めており、旧市街地は山を削り出された土の山です。東中学校の校庭には仮設住宅がぎっしり建ち並んでおりました。

そんな環境下で、仮設の練習場を作り日々練習に励んでおり、今回の全国大会の出場の切符を手にしました。

子どもたちの「夢」の実現のためにみやぎびっきの会では、今回の遠征費の一部を支援させて頂く事に致しました。

がんばれ!高田東中学校軟式野球チーム。
2015年 「学生ファシリテーター支援制度」がスタート
2015年 「学生ファシリテーター支援制度」がスタート致しました。

みやぎびっきの会では、昨年に続き、大切な人を亡くしたこどもをサポートするボランティア養成講座の学生の方への参加費を全額支援する学生ファシリテーター支援制度をNPO法人子どもグリーフサポートステーション様と行ないます。
お問い合せ先
 子どもグリーフサポートステーション
 TEL : 022-796-2710   Mail : info@cgss.jp
 ホームページ : http://www.cgss.jp/
2015/05/03 広野町スポーツ少年野球チーム支援
5人でプレーボール
福島・広野スポ少野球が復活(2014年9月18日河北新報)

福島第一原発事故で一時、全町避難した福島県広野町で、活動を休止していた野球のスポーツ少年団が復活。
原発事故の前年は相双地区で優勝した強豪だったが、町民の帰還が進んでいないこともあり、メンバー5人からの再出発。
河北新報の記事を読み、早速、事務局では福島県広野町へ出向き、広野町スポーツ少年野球チームの代表、大和田様とお会いし、みやぎびっきの会として、子どもたちへ何か応援出来る事が無いか話をさせて戴きましたが、大和田代表様からは、野球チームとしてのメンバー9人が揃ってからお願い出来る事が出てくると思いますとのお話しを頂き帰仙致しました。
広野町少年野球チーム
2015年春に、広野町スポーツ少年野球の大和田代表からご連絡を頂き、野球チームの子どもたちが13人になりましたとのご報告を頂きました。13人のチームは日々練習を行い、先日、5月3日初の公式戦出場を果たしました。
広野町スポーツ少年野球チーム

広野町スポーツ少年野球チーム

広野町スポーツ少年野球チーム
みやぎびっきの会では、子どもたちとの約束で9月に仙台へ招待することを計画しております。楽天イーグルス戦の観戦&仙台のスポ少野球チームとの試合など色々なサプライズを計画中です。

子どもたちの元気な声がグランドに響けば町も活気づき、住民の帰町にもつながる事を確信してます。

9月の様子は、ご報告させて戴きます。
日頃よりみやぎびっきの会の活動にご理解を賜り心より感謝申しあげます。

事務局

2015/04/29 宮城県山元町深山「鎮魂の鐘」建立への支援
2015年2月にみやぎびっきの会代表理事佐藤宗幸に一通のお手紙を頂きました。
死者・行方不明・関連死、合わせて2万名を超えるという東日本大震災では、わが山元町の町民だけでも635名に及ぶ犠牲者をだしましたが、全犠牲者を追悼し、この悲惨な記憶を後世に伝え警鐘とするため、町の里山・深山(しんざん・287メートル)の頂上へ鎮魂の鐘を建立しようと活動してまいりました。

深山登山の拠点となる町営「深山山麓少年の森」から複数の自然観察路が通じており、ゆったりと歩を進めれば小一時間で頂上に至ります。頂上からは西に角田市超え蔵王の雄姿を望み、振り返れば北は牡鹿半島、南は南相馬の先まで一望できます。
宮城県山元町深山「鎮魂の鐘」建立への支援

宮城県山元町深山「鎮魂の鐘」建立への支援

宮城県山元町深山「鎮魂の鐘」建立への支援
地元小学校の恒例全校登山が行なわれてるという事もあり、みやぎびっきの会として、建立の関る経費一部を支援させて戴きました。

工事中の山頂へまた、4月29日行なわれた「深山・鎮魂の鐘」竣工式に代表の佐藤宗幸が参列いたしました。

ご支援戴きました、全国の皆様に感謝申しあげます。
宮城県山元町深山「鎮魂の鐘」建立への支援

宮城県山元町深山「鎮魂の鐘」建立への支援

宮城県山元町深山「鎮魂の鐘」建立への支援

宮城県山元町深山「鎮魂の鐘」建立への支援

宮城県山元町深山「鎮魂の鐘」建立への支援
2015/04/28 石巻中央リトルシニアの皆様からお礼の手紙
第21回日本リトルシニア全国選抜野球大会に東北代表として出場された石巻中央リトルシニアの皆様からお礼の手紙を頂きました。
全国の皆様からご支援頂きありがとう御座います。
石巻中央リトルシニア

石巻中央リトルシニア

石巻中央リトルシニア

石巻中央リトルシニア

石巻中央リトルシニア

石巻中央リトルシニア

石巻中央リトルシニア

石巻中央リトルシニア
みやぎびっきの会様

石巻中央リトルシニア 主将 遠藤拳斗

今回の全国大会で感じた事は、たくさんあります。周りのみんなが自分達を応援してくださった事、主将として「俺がしっかりしなければ」「みんなをまとめなきゃ」と言う気持ちを再確認した事、自分達が精一杯試合ができたのは、親の方々に一生懸命サポートして頂いた事、あげたら切がありません。

震災でグラウンドが無くなってしまいましたが、練習はいつも親の方々に使用できるグランドを探して頂き、決められた時間の中で今まで練習をしてきました。思うようにグランドで大好きな野球ができないと言うのは悲しいです。

でも、自分達は試合に勝って全国大会への切符を手にしました。「震災になんか負けない!」自分達は、そんな気持ちで頑張ってきました。

大会では、二回戦敗退と言う結果でしたが、地元の人たち、みやぎびっきの会の皆様に応援していただいた事を忘れず、これからの生活にいかして行きたいです。

今年3年生になり進路の事を考えて行かなければなりません。これからは勉強と野球の両立を目標に頑張ります。監督、コーチ、チームの仲間は、とてもいい人ばかりです。自分はこのチームのメンバーでとても幸せです。

これからも自分達の応援、よろしくお願いします。




みやぎびっき会様

石巻中央リトルシニア 高橋 陸

この度は、沢山のご支援ありがとうございました。
皆様のおかげでチーム悲願の全国大会での1勝を果たすことができました。

ぼくたちのチームは東日本大震災によりチームのグランウンドを津波で流され、マシンやクラブハウスなど全てを失いました。

まだ震災前の状態ではありませんが、気持ちを1つにし、皆で一致団結して全国大会に臨みました。

秋の東北大会では3位に入り、今回の全国大会の出場権を獲得しました。大阪の全国大会に必要な遠征費用をみやぎびっきの会の皆様よりご支援いただけることを知り、チーム全員で喜びました。お陰様で何一つ不自由な思いもせずに、試合が全力を出し切るころができました。また、全国の仲間と交流し、絆を深めることができました。

大阪での沢山の経験をこれからの人生に役立て、僕も大人になったら皆様のように困った人を助けられる人になりたいです。本当にありがとうございました。




みやぎびっきの会様

石巻中央リトルシニア 亀卦川 祥太

沢山の支援金ありがとうございました。

僕は今回の震災により、親戚、友達を亡くしました。そして津波によって野球道具や思い出の写真など全てが流されました。当時はもう野球は出来ないと思っていましたが、たくさんの方々の協力や支援により野球が出来る環境になりました。

全国大会では2回戦で負けてしまいましたが、色々なことを学んできました。そして、他のチームの人達との交流もありとてもいい思い出になりました。

来年も全国大会に行けるように日々の練習に力を入れて頑張っていきます。これからも応援よろしくお願い致します。
2015/04/05 おたまじゃくしSupportプロジェクト
「タダゼミ」に通う子どもたちをはじめ18名の子どもたちへ支援
みやぎびっきの会では、東日本大震災により住む家や生活の基盤はもちろんのこと、父親、母親、一家の働き手を失ってしまった子どもたち、また、諸事情により母子・父子家庭の一人親家庭の子どもたちが、将来の夢を諦めることのないように、高校進学を経済的にサポートすることに決め、NPOキッズドア様と連携し、高校受験の模擬試験費用から高等学校(私立・公立)の入学金・教材費・部活動費・資格試験受験料・学校以外教育費を奨学支援金として、応援させて戴くことに致しました。

NPOキッズドアは、低所得家庭、震災によって、将来の夢や希望を失う子どもを一人も出さないために、中学3年生向けに高校受験対策講座「タダゼミ」を開催しております。

今回、「タダゼミ」に通う子どもたちをはじめ、18名の子どもたちへ支援させて戴きました。(2015年4月5日NPOキッズドア東北事務所にて奨学支援金の目録贈呈を渡辺代表・木村岬さんへ贈呈させて戴きました。)
びっきこども基金 おたまじゃくしSupportプロジェクト


奨学支援金申込者:仙台市 山田隼人

私の家庭は、父、母、姉、弟の5人で暮らしています。

震災後、父は仕事が安定せず、収入がない月もあったそうです。そんな時、母が2つ仕事を掛け持ちしていた時もありました。今でも父の仕事がない時もあり、母は先のことを考えて転職をし、私たちのために頑張って働いてくれてます。私が中学3年になってから、高校のことを母と沢山話し合いました。弟がまだ小学校6年生でお金が掛かるということで、私は私立は受験せず、公立1つで受験することを決めました。

7月頃、中学校で配布される手紙でキッズドアのことを知り、母と沢山話し合ってタダゼミで勉強することに決めました。タダゼミには週1から2回行っており、10時から17時まで個別指導を受け勉強していました。私は、英語を中心に苦手なところを先生に分かりやすく教えてもらいました。学校で全く理解できないかったところが、わかるようになり、通い始めてから30点位点数があがり、他の教科も以前より出来るようになりました。

中学校3年間で、勉強を自主的に出来なかったので、高校では毎日少しずつ学習し高校3年間で、将来の仕事のことも考えて、資格取りたいと思います。そして家族の家計を助けるためにいい仕事に勤められるように、頑張りたいです。


推薦者:学習サポートNPO団体(東北大学)柳川貴洋

山田隼人くんは去年の8月の夏期講習から「タダゼミ」に参加し、今年の3月の高校入試までの半年間、通い続けてくれました。彼が「タダゼミ」に来てから成長したところは、大きく分けて3つあります。

1つ目は、大好きなサッカーと受験勉強を両立できるようになったということです。彼は、サッカー選手として将来有望であり、「タダゼミ」に来た当初から、入試直前までクラブチームでサッカーを続ける事が決まっていました。そのため、参加当初は参加頻度も高くなく、とても勉強という状態ではありませんでした。しかし、秋から冬にかけて彼の勉強に対する姿勢は大きく変わりました。それまでタダゼミ実施日にクラブの練習があると、タダゼミに来なかった彼が、練習後に途中参加してくるようになったのです。練習のない週はもちろんのこと、練習のある週にも教室に足を運んで両立に努めたことが、成績の向上にも繋がったと思います。

2つ目は、間違うことを恐れずに、苦手分野の問題にも立ち向かうことができるようになったということです。彼は参加当初、彼自身が得意とする分野の問題にしか手を出さず、間違えること自体を恐れる傾向にありました。しかし、これでは学力は全く向上しません。そこで合格に必要な各科目の点数と、現状の点数とのギャップを彼に伝えるようにしたところ、彼自身も自分の苦手な部分に目を向けるようになり、苦手分野の勉強にも自ら取り組むようになりました。この姿勢は彼の高校での学習、ひいては将来の成長に繋がっていくと思います。

3つ目は、コミュニケーション能力の向上です。タダゼミでは毎週、多くの講師と会話をする機会がります。彼は参加当初は、一定の講師に話しかけることが多かったのですが、毎週教室に足を運ぶ中で、初対面の講師とも積極的に話すことが出来るようになりました。この能力は彼が今後、人間関係を広げていく中で大いに生かされるでしょう。

受験という一つの節目を乗り越え成長した彼に、より充実した高校生活を送ってもらえるように、サポート頂けるようにお願いします。



奨学支援金申込者:仙台市 木村岬さん

私は将来、社会に貢献し、人と人とのつながりを大切に出来る人になりたいです。

そのために今、生きていることの時も将来の糧となるように積極的に興味のあることを調べたり、仕事についての知識を増やしています。

その中で沢山の人とコミュニケーションをとれる接客業に就きたいと思うようになりました。ですが、将来の夢を叶えるためにはまず、目の前の目標である高校進学に向けて、勉学に励まなければいけません。そして、成績が上がらず悩んでいた時でもありました。

最初はとても緊張して、タダゼミを行う場所を何度も確認し、他の中学校の生徒と勉強したことがなかった私は不安でいっぱいでした。当日も予定より1時間も早く着き、ドキドキしていたら、1人の講師の方が笑顔で迎えてくれて、緊張で締め付けられていた心が安堵しました。タダゼミでは講師の方が温かく迎えてくれて、私達生徒と同じ目線に立ち、親身になって進路について考えてくれるため勉学にも励みやすく、テストの成績も少しずつ上がっていきました。その結果、仙台商業高等学校に合格することができました。

私が春から仙台商業高等学校の生徒となります。なぜこの高等学校を選んだのかというと高校生活の3年間を何も得ることもなく卒業するのではなく、他の高等学校ではとれない簿記などの資格をとることができるからです。高校では資格を出来るだけ沢山とり、社会に貢献できる人間へと成長していきたいです。

受験生として過ごした1年間でたくさん悩み、時には自分が通いたい学校を否定する人もいて、自分の心に進路について聞く機会が多くなりました。しかし、どんな時も将来自分がどんな人になり、どんな事をしたいのかということを胸に頑張りました。これからもっと辛い事があるかもしれませんが自分の意思を忘れずにしたいです。


推薦者:学習サポートNPO団体(東北大学経済学部2年)藤沼恭平

木村岬さんは、タダゼミが始まってからほぼ毎日出席していました。もともと自分でしっかりと計画を立てながら集中して取り組める土台ができていましたので、タダゼミに通い始めてからは、基本的にどの教科についても家で自力で解き、分からない部分をタダゼミ・自習室へ持ってきて質問をするというように時間を有効に使いながら勉強を進めることができていました。

休み時間以外は私語をほとんどすることなく、集中して取り組んでいました。また、他の生徒に比べ積極的な質問が目立っていたと感じます。質問もただ「ここがわからない」と漠然と投げかけることではなく、「○○は××とどう違うのか」「ここに書かれてる△△とはどういう意味なのか」という具体的な質問をしてきます。そして、ただ聞いて終わりではなく聞いた内容を自分なりにまとめてノートに書き込んでいるようです。

講師から宿題を出された時にも、きちんと決められた期日以内にやってきていたようです。

彼女の性格としては、とても明るくハキハキとした物言いで、誰とでも打ち解け、そして自分の意見もしっかり言える生徒です。

そういった自分の得意なことや好きなことを自分で把握しており、将来は人とコミュニッケーションをとりながら働ける仕事がしたいそうです。そのため高校は仙台商業高校を選び、引き続きこちらに通いながら夢の実現に向けて頑張りたいとのことでした。

また以前、人と関わる仕事と言ってもどんな仕事がるのか、ということで話をしたところ、目を輝かせとても興味深そうに話を聞いて、わからないことはどんどん質問してきました。そんな彼女だからこそ、高校へ進学してからも自分の進路をしっかり見据えて勉学に励むことができると思います。

経済的な不安を少しでき軽くして、彼女の意欲や向上心を今後に繋げていけるようなサポートをお願い致します。
2015/03/28 増田西シャイニーズ全国大会出場支援
増田西シャイニーズ全国大会出場支援

増田西シャイニーズ全国大会出場支援
東日本大震災復興支援第46回全国ミニバスケットボール大会へ宮城県代表として増田西シャイニーズが出場。
3月28日(土)東京の国立代々木競技場第1体育館で開会式が行なわれ増田西シャイニーズは、代々木第2体育館Gブロックの第一試合で、沖縄県代表と戦い残念ながら敗退しました。
みやぎびっきの会から山寺宏一さんが応援に駆けつけてくれ保護者様と一緒に応援されてました。
子どもたちにとって大変な経験となったと思います。
全国の皆様に感謝申しあげます。
増田西シャイニーズ全国大会出場支援

増田西シャイニーズ全国大会出場支援

増田西シャイニーズ全国大会出場支援

増田西シャイニーズ全国大会出場支援

増田西シャイニーズ全国大会出場支援

増田西シャイニーズ全国大会出場支援

増田西シャイニーズ全国大会出場支援
2015/03/14 南三陸町立戸倉中学校出身の皆さんからのビデオレター
志津川中学校 菊田浩文先生より、ビデオレターが届きました。
みなさん ご卒業おめでとうございます。
2015/03/09 おたまじゃくし Support プロジェクト
宮城県南三陸町西條育美様から奨学支援の申し込みを戴きました
推薦者:学習サポート NPOキッズドア 片貝英行様

人柄について
西條育美さんとは、南三陸町戸倉中学校での放課後学習会で関わりが始まりました。「みやぎびっきの会の皆様には、運動会や文化祭、そして中学校閉校式等にもご支援頂き、心より感謝しています」と西條さんから聞いています。戸倉中学校は津波被害を受けて使えなくなったため、南三陸町の隣町の廃校を利用して再開していました。始業式は5月11日と通常より約1ヶ月遅く、授業も思い通り進まず、登下校も約く1時間のスクールバスと云う厳しい環境だったため、特に中学3年生の高校受験を応援するために学習会を行っていました。

地元の進学校を目指す西條さんは、一際黙々と頑張っている印象でした。努力の甲斐あって、高倍率の地元の進学校に合格しました。

中学時代に生徒会役員、高校時代も卓球部で部長を務めるなど全体の為に貢献したいという意欲を持っています。また、意見交換会でも被災地の現状と課題を知ってもらうために熟慮でき、大人との対話の中でも責任感をもって発言することができます。また、身近な人だけでなく初対面の相手にも思いやりをもって接する事ができています。他者への思いやりがあり責任をもって行動できる西條さんが、震災後の障害者の方の苦悩を身近に感じた一方、聴覚障害をもつ母親の生活改善と喜びを知っているために、言語聴覚士の力を身につけることで、必ず社会に貢献できると思ってます。

奨学金の使途について
西條育美さんは、言語聴覚士としての実力と国家資格を取得するために進学を決め国際医療福祉大学保健医療学部言語聴覚学科に合格致しました。
4年間で約600万円の費用が掛かります。



奨学支援金申込者:西條育美

私には、どうしても叶えたい希望があります。言語聴覚士(国家資格)になって、一人でも多くの方が社会で活躍できるように応援することです。

言語聴覚士は、失語症や聴覚障害、声や発音の障害、そして食べる機能の障害など日常生活で最も重要な会話や食事が不自由な方を支える仕事です。

見た目には障害と困難さが分かりにくいために、支援が届きにくいという課題があります。言語聴覚士は圧倒的に不足しており、病院によっては言語聴覚士が一人もいないところがあったり、不登校や発達障害の原因が言語聴覚障害であることが多いのに、教育機関での活用があまりないのが現状です。言語聴覚障害をもつ私の母は、障害に苦しんだ時期もありましたが、補聴器を用いた訓練によって社会で普通に生活できるようになりました。

そして、私が言語聴覚士になる事を心に決めたのは、中学二年生の時に経験した東日本大震災の避難所での出来事でした。大地震後の大津波が避難先に指定されていた私達の学校にも襲いかかり、先生や生徒、町の人達が大勢目の前で流されました。町が消えていく、いまだに信じられない恐ろしい光景を目撃し、一分一秒で生死が分かれる状況を体験しました。その日から、私達はお互い支え合い、励まし合いながら避難所生活を送っていました。自衛隊や市民の支援活動をはじめ、物資、メッセージを頂くなど、日本、世界全国からの支援に支えられ、日々感謝の気持ちで胸がいっぱいでした。しかし、一方で、言語聴覚障害のある方が避難所生活を拒んで孤立したり、避難所生活の中でコミュニケーションが取れずに苦しんでいる方がいました。私は身近にいても何も出来ない悔しさを感じました。明るい未来があるにも関わらず周りからは分かりにくい障害をもっているために原因を見抜けず苦しみ、悩みを抱える方々を言語聴覚士の力を身につけて次こそは救いたいと決心しました。

震災を通して、私が今、生きているのは身近な人の支えや、今まで見えなかった世界中の人の支えがあるからだと気付きました。だから、今度は私が誰かの支えになろう。そんな思いで町のボランティア活動も始めました。活動をする中で言語聴覚士になった後の姿をイメージするようになりました。障害を持つ方とその家族の心に寄り添い、心から安心、信頼出来るように言語聴覚士になるこが目標です。その希望を実現するために、私は言語聴覚士の養成校である国際医療福祉大学保健医療学部言語聴覚学科へ進学します。
しかし、言語聴覚士の養成校は、ほとんどが私立で、学費や実習費、設備使用料を含めて4年間で約600万円かかります。その他に、教科書代として4年間で約20万円かかります。一人暮らしでかかる生活費はアルバイトをしてまかなうので含めていません。

学費等は奨学金が無ければ払うことはとても厳しい状況です。私が中学2年生の時に父親が病気で他界してから母子家庭です。その分を補うために2歳年上の兄が現在南三陸町の役場職員として働き、生活を支えていますが、震災で家が流出したため、家を借りるもしくは建てるための資金を蓄えている途中なので私の学費までは負担しきれません。家族へ大きな負担をかけてしまうことを考え、進路変更も考えましたが、母の「お金を理由に夢を諦めるな」の一言で、夢を追い続けています。

私は大学生活の中で、国家資格を得るために専門知識の習得と実習を通して実践力を身につけると共に、身近な方を支援するボランティア活動も続けていきたいです。この希望と目標を叶えるために、みやぎびっきの会さんの力がどうしても必要です。どうかご協力をお願い致します。
2015/03/03  第46回全国ミニバスケットボール大会への出場「宮城県名取市増田西シャイニーズ」からのお手紙
東日本大震災復興支援 第46回全国ミニバスケットボール大会への出場を決めた宮城県名取市増田西シャイニーズ 高橋さやかさんからみやぎびっきの会さとう宗幸代表理事へお手紙を戴きました。
増田西シャイニーズ

増田西シャイニーズ

増田西シャイニーズ

増田西シャイニーズ
びっきの会 さとう宗幸様

初めまして。私は、名取市のミニバスケットボールクラブ「増田西シャイニーズ」の5年生、高橋さやかです。

私達は、昨年の12月末に行なわれた宮城県民体育大会バスケットボール・ジュニアの部に出場し、優勝しました。そして、宮城県代表として3月28日から東京で行なわれる全国大会に出場します。

ちょうど1年前、新チームになってからの初めての公式戦、新人戦がありました。その大会では、1次予選で敗退し悔しい思いをしました。3月には、チームメイト達と東京に全国大会に出場した女川さんの試合を見に行きました。そして、来年はこの代々木体育館に自分達が立つんだ。と思い帰ってきました。

その後、6年生が今年の目標を「全国大会出場」と決め、私達下級生も6年生と一緒に全国大会に行こうと決意しました。そこから、きびしい練習が始まりました。春はダッシュ、持久走など、つらい練習も皆で乗り越え、めけずに向かっていきました。

お母さん達にも協力してもらってたくさん遠征に行き、強いチームとも練習試合をやりました。夏は、県大会に出場して決勝まで行き、惜しくも2位。それから東北大会にも出場したり、合宿で八王子に行くなどいそがしい毎日でした。秋は、スポ少大会で同じ南ブロックのチームに負けベスト8。このままでは全国大会に行けないと思い、もっと必死に歯をくいしばって練習をしました。

このように1年間いろいろありましたが、私達の夢であった全国大会出場を勝ち取ることができましたので、今まで支えてくれた皆さんの期待に応えられるように頑張りたいと思います。応えんよろしくお願い致します。 


高橋さやか

2015年2月26日(木)練習が行なわれてる名取市立増田西小学校体育館を訪れました。子どもたちの練習様子、保護者の方々とお話しをさせて戴き、みやぎびっきの会として、全国大会へ出場する増田西シャイニーズに応援させて戴くことに致しました。「びっきこども基金」へご寄付戴きました、全国の皆様に感謝申しあげます。尚、東日本大震災復興支援 第46回全国ミニバスケットボール大会は、
2015年3月28日・29日・30日
東京の国立代々木競技場第一体育館と第二体育館
にて開催されます。

宮城県代表の増田西シャイニーズは、3月28日(土)沖縄県代表の那覇市立小禄南小学校と午後12時40分代々木競技場第二体育館で試合がスタート致します。事務局では、試合の結果・子どもたちの頑張りの姿を後日、報告させて戴きます。
増田西シャイニーズ

増田西シャイニーズ
2015/02/14-15 塩竈夢ミュージカル 支援報告
今年も塩竈の子どもたちを中心に2月14日・15日の二日間、塩竈市遊ホールで行なわれました。
2015/02/14-15 塩竈夢ミュージカル 支援報告

2015/02/14-15 塩竈夢ミュージカル 支援報告

2015/02/14-15 塩竈夢ミュージカル 支援報告

2015/02/14-15 塩竈夢ミュージカル 支援報告
みやぎびっきの会では「びっきこども基金」から衣装制作費・小道具制作費の支援をさせて戴きました。
1117名の大勢の方々が公演に訪れたとの事です。
2015/02/14-15 塩竈夢ミュージカル 支援報告

2015/02/14-15 塩竈夢ミュージカル 支援報告

2015/02/14-15 塩竈夢ミュージカル 支援報告

2015/02/14-15 塩竈夢ミュージカル 支援報告

2015/02/14-15 塩竈夢ミュージカル 支援報告

2015/02/14-15 塩竈夢ミュージカル 支援報告

2015/02/14-15 塩竈夢ミュージカル 支援報告

2015/02/14-15 塩竈夢ミュージカル 支援報告

2015/02/14-15 塩竈夢ミュージカル 支援報告
2015/02/17 おたまじゃくし Support プロジェクト
びっきこども基金 おたまじゃくしSupport プロジェクト
みやぎびっきの会では、今年より東日本大震災により住む家や生活の基盤はもちろんのこと父親、母親、一家の働き手を失ってしまった子どもたちが夢を諦めることのないように、高校進学・大学進学を経済的にサポートさせて戴くことを開始致しました。

*サポート奨学金使用用途
 ・高等学校・短大・大学の入学金
 ・教材費
 ・部活動費
 ・入試受験料
 ・資格試験受験料
 ・学校以外教育費
*サポート申し込み資格
 ・平成27年高校・短大・大学受験資格者
 ・東日本大震災により被災された家庭
 ・母子・父子家庭の一人親家庭
 ・世帯収入額が基準額に満たない減免の対象家庭
 ・他の奨学金を申し込み・利用されてない家庭
*ご提出資料
 ・在学してる学校または学習サポート団体からの推薦状
 ・保護者様またはご本人からのサポート要請書
 ・世帯全員の住民票の写し
 ・り災証明書の原本またはコピー
 ・ひとり親家庭等であることを証明する書類のコピー
 ・所得証明書
*サポート地域
 ・岩手県・宮城県・福島県
*奨学金は返済の義務は発生致しません。

以上の内容でおたまじゃくしSupportプロジェクトをスタート致しました。

おたまじゃくしSupportプロジェクト
奨学金支援者  : 仙台市若林区のA子さん
東日本大震災時は、気仙沼で被災し祖父・祖母を亡くし、自宅を流され、仙台で、母親・兄とA子さんの3人で暮らす事になりました。
A子さんの夢。(下の画像をクリックすると大きくなります)
2015/02/13 大槌町の新小学1年生の子どもたちへ学用品セットを寄贈
大槌町は土が盛られ一歩前に歩み出したような感じが致しましたが、以前の故郷の面影は全然なくなりました。
大槌町の新一年生へ学用品セット寄贈

大槌町の新一年生へ学用品セット寄贈
今年も大槌町の新小学1年生の子どもたちへ、びっきの会から学用品セットを寄贈させて戴きました。
今年、4月から岩手県では初めての小中学一貫校として「おおつち学園」がスタート致します。今年は、83名の子どもたちへ学用品セットをお送り致しました。
大槌町の新一年生へ学用品セット寄贈
大槌町は、土を盛っている状況ですが、仮設住宅暮らしはまだまだ続きそうです。被災地では、地域の復興の格差が生じてるように感じます。

今年も大槌町の子どもたちの支援からみやぎびっきの会の活動がスタート致しました。
大槌町の新一年生へ学用品セット寄贈大槌町の新一年生へ学用品セット寄贈大槌町の新一年生へ学用品セット寄贈大槌町の新一年生へ学用品セット寄贈大槌町の新一年生へ学用品セット寄贈大槌町の新一年生へ学用品セット寄贈大槌町の新一年生へ学用品セット寄贈
みやぎびっきの会